#BSMAC2023 の記事になります。
BSMアドベントカレンダーは、BSMメンバーがクリスマスまでの期間中、毎日マガジン記事を投稿する企画です。BSMメンバーでない方も全て読むことができますので、クリスマスまで一緒に盛り上がりましょう!
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初めまして、BSMメンバーの皆様いつもお世話になっております、Sohji (そうじ)と申します。松尾さんと同年代で、フリーランスのITエンジニアをやってます。ITと言っても、IBMの大型汎用機上で稼働する会計、物流、生産管理から銀行系まで、大規模システムの運用メンテナンス業務をメインに担当しています。今どきレガシーなCOBOLやPL/I言語のシステムを知っているエンジニアは、返って貴重な存在らしく、ありがたいことに仕事が途絶えることがありません。
<さて、予告では自分の趣味遍歴を語るつもりでしたが、書き始めたらとてつもない大長編wになりはじめたので、それはまた別の機会に譲ることにして、今回は「将棋」の話をさせていただきます。>
「観る将」って何 ⁈
今年の「新語・流行語大賞」トップテンの1つに、『観る将』(みるしょう)という言葉が選ばれています。観る将とは、自分では将棋を指さずに、対局を観戦する(観る)だけの将棋ファンのことを言います。藤井聡太さんの登場以来、将棋界に注目集まりはじめ、今年ついに彼は将棋の八タイトル全冠制覇の偉業を成し遂げました。タイトルを獲得するにつれて、その対局と過程を見守る将棋ファン(観る将)が急増し、対局中に食べたおやつまで話題になっています。そんな社会現象とともに、私と将棋の関わり、藤井八冠のこと、将棋AIについて、少しだけ深掘りしてみたいと思います。
Ⅰ.私と将棋のこれまでの関係
まず最初に、私と将棋の関わりについて記しておきます。私と将棋の出会いは小学2,3年生の頃、昔から家の片隅にあった将棋の駒にふと興味を持ったのがきっかけでした。駒の動かし方とルールを教えてもらい、父と何回か対局した記憶があります。ところが将棋を知っている友達が周囲にほとんどいない上に、飽き性だったため、それ以上のめり込むこともありませんでした。
再び将棋に関わったのは下宿生活をしていた大学生の時でした。暇にまかせて新聞の囲碁・将棋欄を読み始め、それなりに将棋の強い友人と遊びで指してみたり、当時は全盛期だった若き日の谷川十七世名人の棋譜を並べたりしてました。暇つぶしくらいの気持ちで1年以上将棋に関心を持ち続けたら、目隠し将棋ができるくらい、友人によればアマチュア初段レベルだと言われるくらいの棋力になっていました。本当は囲碁の方が面白いなとこの頃は思っていたのは秘密です。
ところが、社会人になってからやりたいことがいっぱいありすぎて、つい最近まで全く将棋と縁がなくなってしまいました。もちろん、その30年以上の間に、将棋界では羽生(現連盟会長)さんが、谷川十七世名人との激闘の末、当時の七冠を制覇したこと、中学生でプロ棋士となった藤井さんが、デビュー戦から29連勝したことも一般ニュースレベルで知ってはいました。そして将棋のマイブームが再びやってきたのは、コロナ禍の2020年のことです。
コロナによる出社の自粛やリモートワークにより「おうち時間」が長くなると、ネットTVやYouTubeを観る機会が自然と増え、そこでプロの将棋対局がかなりの頻度でライブ配信されていることも知りました。2020年、当時高校生の藤井さんがどんな将棋を指すのか見たくて、タイトル初挑戦となった棋聖戦を全戦を視聴し、史上最年少のタイトルホルダーの誕生を見届けることになりました。
それ以来、藤井さんが八冠となるまでのタイトル戦はほぼ全てネットで観戦しています。タイトル初挑戦から一度も躓くことなく、わずか3年での偉業達成は他に例えようがありません。さらにこの一年はトーナメント方式の一般棋戦4つ全て優勝し、実質12冠と言ってもいいかもしれません。今後しばらくは藤井八冠の対局を見続けたいと思っています。ちなみに、今回のマイブームは将棋を指すことにほぼ興味が沸かず、まさしく観る将ですw。野球、サッカー、格闘技など自分ではやらないけど観戦するのは好き、それと同じ感覚で将棋との付き合っています。
Ⅱ.救世主の登場
藤井八冠のプロデビュー戦は2016年のクリスマスイブ、将棋界で初めて中学生のプロ棋士となった加藤一二三9段(ひふみん)との対局だったのは有名な話です。実はこの2016年というのは、とある不正疑惑事件に将棋界が揺れた年でもありました(興味のある方は調べてみて下さい)。そもそも当時の囲碁や将棋の人気はジリ貧で、スポンサー離れ、タイトル戦の賞金減額なども囁かれ、追い打ちをかけるような不正事件が重なり危機的状況でした。中学生でプロに昇段した藤井さんは、翌年デビュー初戦から破竹の29連勝で世間の注目を集め、前年の暗い話題を完全に吹き飛ばした、まさに救世主でもあったのです。藤井さんの登場に救われた事件関係者も多かったのではないでしょうか。
また、2018年にタイトル戦に昇格した「叡王戦」は、藤井さんが居なかったら消滅していたとも言われています。2020年に叡王戦のそれまでの主催者が契約解除した際、新たに主催者に名乗りを上げたのが「不二家」でした。この年タイトル戦に初挑戦した藤井さんが対局中に食べたおやつが話題となり、これに目を付けた不二家が主催契約を結んだため叡王戦が継続することになったのです。そんな訳で、叡王戦では常に不二家のお菓子が提供されています。
ちなみに、藤井八冠の個人スポンサーは現在のところ伊藤園、不二家、AMD、中部電力の4社でいづれもタイトル戦の主催や協賛の企業です。実際にはスポンサー依頼は山のようにあると思われますが、できるだけ将棋に集中できるよう、将棋連盟やご両親が厳選しているのでしょう。スポンサーの4社もその点に配慮しているのか、それぞれCMを1本制作した程度です。たとえCM出演が無くても、彼がお茶を飲んだり、お菓子を食べるだけで話題になるので宣伝効果抜群です。AMDも将棋の研究に最新のテクノロジーを、藤井八冠に提供すると明言しており、毎年CPUだけで100万円以上するPCが贈られています。
Ⅲ.将棋とAI
観る将と呼ばれる将棋ファンが増えた要因の一つに、対局中の形勢についてAIが判定し、その評価値が表示されるようになったことが挙げられます。球技のように得点を見ればどっちが勝っているかすぐに判るのと同様、将棋の局面が数値化されるので、どちらが有利か不利か、詳しくルールを知らない観戦者にも瞬時にわかるようになりました。これまでは解説者の形勢判断が頼りで、明らかな差がつかない限り、素人目には状況が理解できず、モヤモヤしながら応援するしかなかったのです。
将棋AIは評価値以外に、次の一手も教えてくれます。観戦者が最善手を知ることで観る楽しみが一つ増えたのです。藤井八冠の指し手が「AI超えの一手」と言われることが時折あります。つまり、藤井八冠の指し手がAIが瞬時に示した最善手と異なっていたとしても、さらに何十億手かAIが読み込んだら、藤井八冠の方が最善手だった、というような場合によく「AI超えの一手」と表現されます。実際にはAIを超えた訳ではなく、藤井八冠がAIよりも早く最善手を見つけたということです。なぜこのようなことが可能なのか、ソフトはすべて可能性ある手をまさしく何十億手も読みますが、棋士は経験上この先は読む必要がないと、指し手を無意識に取捨選択して、読む手筋を限定しているからです。逆に言えば、全ての手を読むことで、人間が思いつかないような手をAIが見つける可能性もあるとういうことです。
藤井八冠の本当の「AI超えの一手」は、実は別にあります。滅多に負けない藤井八冠であっても人間なので、悪手を指して評価値で90%以上負けの状況に追い込まれることもあります。こうなるとAIの示す最善手を指し続けても評価値は絶対に逆転しません。そんな時、藤井八冠は相手を惑わす手、ミスを誘発する最善ではない手をあえて指すことがあります。元々不利な状況なので、相手がそれに惑わされず最善手で応対されたら、好転することなく負けてしまいます。ところが藤井八冠の指す手は、最善手に違いないという信頼と実績があります。なので意表を突かれたとしても、相手は「藤井八冠が指した手だから何か意味があるはずだ」と勝手に考え込んで対応を誤り、形勢が逆転することがあるのです(実例は過去の棋譜を検索すれば見つけられます)。このように相手を間違えさせる手、最善ではない手をAIは指すことができません。これこそ「AI超えの一手」と言えるのかもしれません。
ところで、藤井八冠が29連勝した2017年は、将棋とAIの転換点の年でもありました。叡王戦の前身でもある「電王戦」で佐藤天彦名人と当時の最強ソフト・ポナンザの対局が行われ、ソフト側が2連勝しました。それ以来、人とソフトの対局は公には行われていません。人間とロボットの格闘技に意味がないのと同様、人と将棋ソフトは対立する関係から、補完し合う関係に移行した年だった言えるのではないでしょうか。
将棋分野でのAIの活用は他分野に比べて早く広まりました。それは将棋ソフトの開発者の多くがプログラムを無料で公開し、オープンソースとして活用可能な環境があるからです。オープンマインドな開発者は将棋が好きで、儲けより自分の技術を披露するために公開しています。現在世の中にある将棋AIソフトのほとんどは、無料で誰でもダウンロードできます。プロ棋士の多くが研究に使っている、最強の将棋AIソフト『水匠』(すいしょう)でさえタダで公開され、一般の将棋ファンでもダウンロードして自分のPCで利用できます。
藤井八冠はAI将棋の申し子のように言われることがありますが、私はそうでないと思っています。藤井八冠の強さは、圧倒的な読みの深さによる形勢判断の正確さであったり、詰め将棋で培った異次元の終盤力にあります。これらはAIに頼って身につけたものでありません。藤井八冠の幼少期にはまだAIによる研究は本格化しておらず、何百ページもの定石本を幾度も読み込み、実際の対局で切磋琢磨してきた下地があったからこそです。今後しばらくは藤井八冠を脅かす存在は現れないかもしれません。タイトルを奪う者がいるとすれば、AIを徹底的に活用し、藤井八冠の棋譜で将棋を学んでくるであろうこれからの中学生棋士かもしれません。
最近のインタビューで、藤井八冠は将棋とAIの関係について次のように語っています。
『棋士とAIは共存の時代に入ったのかなと。AIの活用により棋士は成長できる可能性があり、観戦者は観戦の際の楽しみの一つにできる。今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を伝えられたなと』
最後に、BSMで「観る将棋部」作りませんか?まだまだ語ることたくさんあります。
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